●機械式LSDの作動についてのひとこと

●以前にギア式LSDについては触れたことがあるのですが、今回はもっと昔から使用されて

いる機械式(フリクションプレート式)について書きたいと思います。

と、言いますのもこのLSDは一般的であるにもかかわらず、意外にその構造と原理を理解

されていない方が多いからです。

このタイプのLSDは「トルク感応式」ですので、ロック力のコントロールをアクセルワーク

でおこなう必要があります。

つまり、同じイニシャルトルクのセッティングでも、ドライバーの乗り方次第でロック力

は変わるのです。 と言うよりも、そうしたアクセルワークでロック力の強弱をコントロール

できることがこのタイプのLSDの特徴でもあるわけで、そのことからよくサーキット走行

などのスポーツ走行、とくにFR車などに好まれるわけです。

しかし、現実にはそれを知らないままに走って「LSDのロック力が足りない」などと言わ

れて、いたずらにイニシャルトルクばかりをかけている方も実は多いです。

ですので、機械式LSDを活かすためには構造および理屈を理解する必要があるのです。

そうすれば乗り方も変わってくるかもしれません。

 

●構造

構造については以下の図を見てください。

(簡略化してあります。 もっとしっかりした図を見たい方は、各LSDメーカーなどで説明

されていると思いますのでそちらを見てください)

 

この中で、実際にLSDの摩擦力を発生させるのはフリクションプレートとフリクションディスク

で、これはクラッチで言うとクラッチ板に相当します。 これは絵では簡略化の為に1組しか

描いていませんが、実際には複数組み合わされています。 つまり、多板クラッチです。

また、プレッシャーリングはクラッチで言うとフライホイールの摩擦面に相当します。

このフリクションプレートとフリクションディスクがプレッシャーリングで押されることで

摩擦力を発生させて、デフの差動を制限するわけです。

それで、いちばん外側にあるのがダイアフラムで、これはクラッチでいうとダイヤフラム

スプリングに相当し、このスプリングの力でイニシャルトルクをかけているわけです。

 

それで、イニシャルトルクはあくまでイニシャル(=初期)荷重をかけているだけですので、

このイニシャルトルクでLSDのロック力を発生しているわけではありません。

イニシャルトルクはあくまでもロック力を発生させるまでのタイミングや圧着力の上昇カーブ

の微調整をおこなうためのもので、サスペンションでたとえると、スプリングのプリロード

の調整のようなものです。

では、実際にLSDのロック力を発生させるのはどこかと言うと、プレッシャーリングと

ピニオンギアシャフトの組み合わせ部分にあるカムです。

 

●プレッシャーリングとカムの説明

 

図のようにベベルピニオンのシャフトはプレッシャーリングのカムと組み合わされるわけ

ですが、アクセルオンすると、ここに図のように回転力が加わり、カム角度によって回転

方向と直角方向にプレッシャーリングを左右に押し広げる力が発生、フリクションプレート

とフリクションディスクに摩擦力が発生し、この力でデフの差動制限、すなわちロック力

(=LSD効果)を発生させるわけです。

これでわかると思いますが、この回転力(=トルク)が大きければ大きいほどプレッシャー

が大きくなりロック力が大きくなるわけですので、このタイプのLSDがトルク感応式である

ことが解ると思います。

つまり冒頭で書きましたように、このロック力はエンジンからのトルクによってコントロール

するものなので、アクセルワークによって効きを強くも弱くもできるわけです。

 

●とは言え、当然ながら構造的にもロック力の大小はあります。

まず、フリクションプレートとフリクションディスクの枚数が多いほうが摩擦面積が大きくなり

ますので、当然ロック力は大きくなります。

次に、構造上からも解るようにピニオンシャフトがプレッシャープレートのカムを押し広げる

ことで摩擦力を発生させますので、ピニオンが多いほうがロック力を発生させやすいわけです。

いわゆる 4ピニとか2ピニとか言われますが、2ピニより4ピニのほうが強いロック力を発生

できます。

また、カムによって押しつけ力を発生させますので、これがもっとも重要ですが、この

カムの角度が効きを決定づけます。

カムの角度が急になる(挟み角がきつくなる)ほど、横方向への力が大きくなりますので

LSDとしてのロック力は強くなります。

ただ、逆に言うとコントロールがよりシビアになるとも言えます。

また、このカムは一方がアクセルオンで作動し、反対側はアクセルオフで作動しますので、

この角度をそれぞれ変えることでアクセルのON/OFF時のロック力を変えることができます。

それで、一方の角度を緩く(回転方向に対してより直角に近くする)することで、たとえば

アクセルオフ時にはLSDとしての働きをさせなくすることもできるわけです。

このタイプは通常、FF車や4WD車のフロント用などで使用されることが多く、回転方向に

対して完全に直角にしてアクセルオフ時にLSD効果をほとんどなくしたものが一般的に

ワンウェイ、単に角度を緩くしただけのものが1.5ウェイなどと呼ばれています。

 

●イニシャルトルクの役割

機械式LSDは上記で書きましたようにアクセルのオンオフで効きをコントロールしますが、

イニシャルトルクはその補助的な役割をします。

つまり、仮に最大ロック力を100%とした場合、まったくLSD効果を発生させていない時

にもプリロードをかけておき、たとえば30%から使用するのか、50%から使用するのか

などの立ち上がり特性をコントロールするわけです。

概念図で書くとこうなります。

 

このイニシャルトルクをかけているのが、前述したダイアフラムになるわけですが、

このスプリングにはダイアフラムの他にコイルスプリングを用いたものもあります。

どちらが優れているかは非常に難しいのですが、重要なのは温度の変化やディスク

の磨耗によって圧着力の変化が少ないことです。

つまり、組み込み時に設定したイニシャルトルクをいかに長く持続させるかという

ことになります。

ですので、コイルかダイアフラムかというよりも、そのバネレートの変化特性が

ディスクの磨耗限度範囲内ではできる限り変化しないように設計する必要がある訳

です。

ただ、一般的には軽量になることや、構造が簡単になること、特定範囲内でのバネ

常数維持がしやすいこと、コイルスプリングでは回転したときに遠心力でたわんで

しまったり、コイルスプリングがスプリングガイドと摩擦してしまう、また、各

コイルスプリングのバネレートやセット圧のバラツキなどの問題もありますので、

ダイアフラムのほうが向いていると言えます。

 

●チャタリング

機械式LSDではよく普通に街中の角を曲がるときに「バキバキ」というような音を

発生させますが、これを俗にチャタリングと呼んでいます。

この音の発生メカニズムは、いわゆるリンギングと同じで、要するによく平面の出て

いる精度の高い金属面同士が圧力を受けながら摩擦すると、面と面の間が真空状態に

なることで吸着してしまう現象で、これは機械屋ならわかると思いますが、ブロック

ゲージを複数組み合わせて使用するときにその測定面を軽く擦りつけることで密着

しますね。 あれと同じことがフリクションプレートとフリクションディスクの間で

起きているわけです。

しかも、デフケース内部は粘度の高いオイルで満たされていますので、それがさらに

このディスク間の密閉性を助長します。

そして、デフが回転すると、その吸着したディスクが無理矢理剥がされる時に、この

チャタリング音が発生するわけです。

つまり、吸着→剥離をくり返しているのがチャタリング音の正体です。

では、このチャタリングを解決する方法はないのかと言うと、メカニズム的側面から

は残念ながら根本的に消すことは難しいです。

ですが、軽減する方法はいくつかあります。 もっとも簡単なのはイニシャルトルク

を落すなどのLSD効果を若干犠牲にするネガティブな方法ですが、この音の発生原因

がリンギングにあるわけですから、吸着させにくくすれば良いわけですのでたとえば

フリクションディスクとフリクションプレートに細かいサンドブラストやWPCなどを

かけて、微細なミクロプールを形成することで、かなり軽減します。

ただし、ブラストもWPCも表面に圧縮残留応力を発生させますので、このような薄板

に処理するときは裏表を平均して処理しないとプレートが歪みますので気をつけて作業

することが必要です。 また、この圧縮残留応力の付加により耐摩耗性も向上します。

 

●LSDはリミテッドスリップデファレンシャル、意訳すると、限定的差動制限装置となり

ますが、仮に片輪が空転したとしても100%完全にロックすることはできません。

あくまでもデファレンシャルギアの作動を必要に応じて制限するものですので、たとえば

普通に街中の舗装路を走っているときなどは機能してもらわないほうが良いわけです。

デファレンシャルギアは自動車にとって必要な装置ですので、その機能をわざわざ制限

するというわけですから、まともに考えればジレンマの塊とも言えます。

ですので、高いイニシャルトルクをかけて普段からLSD効果を多少とはいえかけ続けて

いるのはどうも私は好きになれません。

もちろん、どんな形式のLSDにも長所、短所は存在するわけですが、現在、多く使われて

いるパッシブ(受動的)タイプのLSDで言うと、サーキット走行などのようにオンロード

主体ではドライバーの意思でコントロールしやすい機械式が向いていると思いますし、逆に

オフロード走行のように片輪が完全に浮いた状況でのデフロック性能を重視する場合は、

ウォームギア式のいわゆるトルセンタイプのほうが、ウォームの設計によっては片輪空転

時に100%デフロックにすることも可能です(もともとこのタイプは軍用車両向けに開発

されたものなので)ので、そちらのほうが適していると言えます。

LSDもその用途によって(またはドライバーの好みによって)様々な選択がありますので

一概にどれが一番とは言えません。

 

パッシブにこだわらない場合は、理屈としては最も良いのは日産のアクティヴLSDの

ように、そのロック力や条件をを電子制御でコントロールするのが理想としては良いの

ではないかと思います。

 

ちなみに「ノンスリップデフ」と「リミテッドスリップデフ」と2種類の呼び方があります

が、意味合いからするとノンスリップデフのほうは空転時に完全ロックできるもの、リミ

テッドスリップデフのほうは、今回のメインである機械式のように完全にはロックできない

ものと別けて考えることもできますが、実際には一般的なLSDもすべて「ノンスリ」と呼ば

れているように、現在のように様々な種類のLSDがある状況ではすべて同じ意味で考えて

構わないと思います。

ちなみに、アメリカ車では「ポジ・トラクション」という呼称も一般的なようです。

ポジティブ(積極的)にトラクション(駆動力)をかけるという意味合いだと思います。

 

●それと、とくに安価なクルマの一部にはこうした機械式LSD、とくに2ウェイタイプ

がABSの作用に影響を与えることがあります。

これは最近のEBD等がついている高度なセンサーやECUをもつ4センサー4チャンネルの

タイプでは絶妙に制御するので、実用上は問題は少ないのですが、初歩的な4センサー

3チャンネルだと単純にリアの制御を左右同時に行なってしまうので、たとえば左右で

路面のμが極端に異なる場合など、本来はロックしてABSが作動すべき車輪がLSD効果に

よって回されてしまい、結果としてABSが機能しなくなり、制動時の姿勢制御ができなく

なる恐れがあるためです。

このへんも純正ではあまり強いロック力をもつ機械式LSDが使えない理由でもあります。

そこで、ABSおよびEBD機能をうまく利用し空転する車輪に対して自動的に適切な加減の

ブレーキをかけることでLSDと同じ効果をもたらす装置が欧州車で多くみられます。

このシステムは一般的に時速40km/h〜60km/h程度までの作動がメインですので、

サーキットなどの走行には意味がありませんが、通常の街乗り全般でとくに滑りやすく

片輪が完全に空転してしまう状況が発生しやすいオフロードや雪道などでは、機械式

LSDなどよりも効果的で非常に理にかなったものだと思います。

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